筆者(理学療法士)が関わっている2人の女性は90歳を過ぎても、ひとり暮らしを続けており、受け答えもしっかりしています。
彼女達の共通点は「料理を続けていること」。
『料理』は、脳の様々な部分を駆使して行う高度な作業のひとつといえます。また、料理をはじめとした、あらゆる家事も「自分でする機会が減ってから認知症が進行した」という話も少なくありません。
今回は料理という作業が脳と身体に与える効果について紹介していきます。
料理が脳と体へもたらす効果とは?
調理という作業が脳と体に良い影響を与えることが研究結果でわかっています。
料理は脳の前頭野を活性化させる
料理は脳の前頭野を活性化させるという研究結果がでています。
- 献立を考える
- 具材を切る
- コンロで炒める
- 盛り付ける
調理中に行われる一連の動作が、左右の大脳半球の「前頭連合野」という部分を活性化させることがわかっています。
特にワーキングメモリ(作業記憶)や行動の計画立案、問題解決などに関わっている「背外側前頭前野」という部分が、より強く活性化したという報告もされています。
手を使うことがもたらす脳への効果
調理中は手や道具をつかって、切る、ちぎる、丸める、こねる、混ぜるなどとても複雑な運動を行っています。
包丁を使って食材を切る作業では、力かげんを調整する「一次運動野」や、両手の協調性をコントロールする「補足運動野」が活性化することがわかっています。
料理や片付けで活動量があがる
日常生活における家事、中でも炊事は高齢者の身体活動量に大きく関与することが研究で明らかになっています。
高齢になると屋外での活動が減ってきます。
しかし、家事を日常的に行っている人は、活動量を維持することができ、活動的な生活をしているということです。
また、家事は生活の自立という意味でも重要な作業の1つといえるでしょう。
調理に重要な3つの認知機能
調理は3つの認知機能を使うと言われています。
計画力
レシピ本などを見ながらメニューを考える時や、2品3品と複数のメニューを作る際に、調理作業の段取りを考えるときに必要な能力です。
注意分割機能
料理中は、食材を切りながらも、焦がさないように火の通りを常に気にする必要がありますね。
複数のメニューを作る場合などは、鍋で煮込みながら、食材を切るなどいろんな作業を同時にこなす必要があります。
このように料理は常に注意力を分散して作業を行わなければなりません。
エピソード記憶
冷蔵庫にある食材を思い出すことや、料理にまつわる体験や記憶を思い出すことが必要になります。
- どんな食材が必要か?
- 冷蔵庫に在庫はあるか?
- 何を買い出ししなければならないのか?
- レシピの手順を思い出す
上記のように、作りたい料理に対して、過去の記憶の中から必要な情報を引き出す必要があるのです。
認知症予防として注目される「料理療法」とは?
料理を認知症予防の治療として取り入れている「料理療法」についてご紹介します。
料理療法とは?
料理療法とは「料理(調理)活動を介して心身の障 害の機能回復・症状の回復や情緒の安定、豊かな人間関係の構築と生活の質(QOL)の向上をめざすもの」と定義されています。
これは、認知症のケアと予防を目的として考案されました。
認知機能への効果
前述したように料理を行うことで、脳機能が活性化され、認知症に対する予防効果が期待されています。
多くの人にとって料理は、なじみのある作業です。
また、食べることは人間の欲求のひとつであり、受け入れられやすく、満足感や達成感も得られやすくなります。
社会性や精神面への効果
料理は複数の工程や作業が含まれるため、料理する人の能力に合った役割分担が可能です。また、複数人のグループで一緒に料理を作ったり、食べたりすることで、コミュニケーションも生まれます。
料理療法を通して、一人ひとりが「役割」を持ち、役に立っているという感覚が生まれ、自信の回復へとつながります。
身体機能への効果
料理を行うことで五感を刺激し、食欲を増進させる効果があります。
また、包丁や調理器具を使用することで、手先を使ったり、力をいれるために自然と立位になったりと身体機能にも大きな影響を与えます。
つまり、調理は身体全体のリハビリテーション効果に期待ができるといえます。
料理療法はこんな人におすすめ
認知症ケアとして考案されましたが、基本的にはどんな人でも対象になります。特に料理好きな人、食べることやものづくりが好きな人、人の役に立つことに喜びを感じる人などが向いています。
他にも、高齢になり元気がなくなった人や、自信を失っている人、他者との関わりが減りうつ傾向にあるような人にも改善が見込めます。
料理経験がない人でも、新しいことに挑戦することが脳を刺激することになります。
料理療法の手順と方法は?
料理療法がレクリエーションと異なるところは、各個人の目標を設定し、QOLの向上につなげることにあります。
PDCAサイクルを用いた支援
PDCAとは、「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(測定・評価)」「Action(対策・改善)」の4つのサイクルで仮説・検証するという手段です。
具体的には、参加者の情報を集めて分析し、目標を設定する。
→その目標に対応した計画を作成(Plan)。実施後(Do)はスタッフにより評価表などを用いて振り返り(Check)を行う。評価は次回の活動時にフィードバックさせ(Action)、より効果的な料理療法を行えるようにする。
また、料理療法で得られた知見をケアプランに反映させ、生活の質を向上させることが最終目標となります。
まとめ
今回は、料理が脳と体へもたらす効果について解説しました。
料理は身近な作業ですが、計画力、注意分割機能、エピソード記憶など認知機能を駆使して行う高度な作業なのです。
そのため、脳を活性化させ、手や身体を使うことで活動量の向上も期待できます。
認知症の予防としてグループで行う「料理療法」を取り入れられている施設やデイサービスもあり、認知面だけでなく社会性や精神面、身体機能への効果が期待されています。家事や仕事など、自分に役割があることが脳や身体にとっていかに大切かがわかります。
参考文献: 調理による認知症ケアと予防の効果