Aさんは数年前から進行性の難病を患っていました。
元々料理や掃除が得意な方で、体が動かしづらくなってきても家事はなるべく続けていきたいと、訪問看護、訪問リハビリを受けながらご主人と在宅生活を続けていました。
徐々に進む病気の進行
Aさんのご主人は、戦後の日本を支えたサラリーマンで、夜遅くまで一生懸命身を粉にして働いてきた方です。そんなご主人と長年連れ添ってこられたAさんは、専業主婦として家庭を守り、ご主人を支えてきました。
しかし、病気の進行と共に歩きにくくなってきてしまいました。
特に、重い洗濯かごを持った状態で庭に出て、洗濯を干すことが難しくなりました。転倒して骨折するようなことがあれば大変です。
症状が少しづつ進行していく病気だということがわかっていたAさんは、家事を少しづつご主人に任せることにしたのです。
慣れない家事を任せる事にAさんは心配していましたが、ご主人は周囲の心配をよそに、意外な才能を開花させました。
洗濯に目覚めたご主人
朝、Aさんのお宅に伺うと、洗濯カゴを持ったご主人が庭に出て洗濯物を干しはじめました。
手に持ったシャツを裏返すと1枚1枚丁寧にシワを伸ばし、形を整え、ハンガーにかけ、等間隔に物干し竿に並べるのです。
小物の洗濯物も丁寧にシワを伸ばし洗濯ピンチに止めていきます。ピンチが傾かないように重さを調節してバランスよく干されています。
美しく整然と干された洗濯物達とご主人の丁寧な仕事に私は感動してしまいました。
「お父さん、元々家事をされていたのですか?」
「いやいや、全く(笑)。やりだしたら楽しくってねぇ~。そろそろ次の洗濯が出来上がるから干してくるよ。」
そう言って、いそいそと次の洗濯を取りにいくご主人。
Aさんは、
「やりはじめたら洗濯が大好きになっちゃったんだって。毎朝洗濯物はないか~~って家中探し回るのよ(笑)。こだわり出したら止まらなくて。家のことなんか何もしてこなかったのにね。おもしろいでしょ~。」
Aさん自身もこんなにもご主人が洗濯にはまるとは思っていなかったようです。
そして、夏になるとご主人は、”洗濯干し用の麦わら帽子”という新たなアイテムまで導入しました。
「日焼けするといけないからね。これ100均で買ったんだよ。いいでしょ。」
そう言って夏空の日差しの中、鼻歌を歌いながら洗濯を干すのでした。
介護生活の中で育まれる家族の成長
病気や怪我を患い、身体が不自由になると今まで普通にできていたことが難しくなります。今後のことが心配になったり、家族に対して申し訳ないという気持ちや不安が押し寄せます。
「私がこんな病気にさえならなければ、今まで通り、家のこともずっとしてあげられたのに…。」
Aさんのもどかしい気持ちが会話の端々から伝わってきました。
しかし、ご主人に家事をまかせたからこそ、新しい一面や今まで気が付かなかった能力を知るきっかけになったのです。
ご主人も、Aさんが安全に暮らせるように、今までした事のなかった事に率先して取り組むようになりました。ご主人もまた、家族が暮らしやすいように、ずっと家事をして家庭を守ってきてくれたAさんへの感謝の気持ちに気づいたのではないでしょうか。
介護が教えてくれるもの
介護というものは失うことばかりなのでしょうか?その先には暗い未来しかないのでしょうか?
私はそうは思いません。
介護を経験したからこそ得られる、目に見えない大切な気づきがたくさんあると思います。相手から与えられていた愛情の大きさ、当たり前に繰り返していた毎日の生活が尊いものだということに改めて気づくものです。
感謝の気持ちや悲しい、悔しい気持ち、色んな気持ちが交錯し、それが原動力となり、誰かの新しい道を作るきっかけになるのではないでしょうか。